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なぜこのページを作ることになったのか? これまでの経緯など
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産まれつき脳の機能の問題で知能は正常値範囲以内であっても行動、学習、記憶などが通常の発達と違う人たちのことを言う。英語圏では主に読み書き計算に困難な症状であるDyslexia(失読症)と称することが多い。
欧米では人口の10%は何らかの形でLDを持っているといわれており、日本では人口の5%と少なく見積もられている。これは民族による差異と言うよりはきちんと見極められる機関や教師、意思が少ないことに起因すると思われる。
難しいことを書いてもぴんと来ない方も多いのではないでしょうか?
ただこのごろいくつかのLD関連の集まりに出てみて気にかかるのは、LDの定義がはっきりしていないこと、知的障害と間違われていることです。
アメリカやイギリスのホームページを見ていくとLDは決して知的障害ではなく、脳の思考回路が違うだけなんだと感じます。又早い間にきちんと対応し、通常とは違う方法で教育を補っていけば殆どの子が本来もっている優れた能力を生かせるようになるといわれています。
今まで直接お話した方でご自分のお子さんもそうかもしれない、知り合いのお子さんで悩んでいられる方がいるけれどもしかしたらそうかもしれないと、思い当たる方がおられます。息子の例を取ってどんな症状かお話致します。小さい頃から変わった子、不思議な子といわれ、何人かの頭の堅い先生方からは問題児扱いをされ、親の教育のせいだと言われ親子ともども不必要に傷ついてきました。彼にとって救いだったのは良い友に恵まれ、温かく見守ってくださった多くの良い教師に恵まれ、人と違っていて良いんだよと言う両親がいたことでしょう。
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| ■ 息子の場合 生後1年まで |
・人見知りをしない:穏やかな子で人見知りをしなかったのでいろんな方にかわいがられたのですが親は自閉症ではないかと心配しました。小児科の先生は問題ないといわれました。
・歩き始めるのが大変早かった:当時ハイハイをさせないときちんと育たないと言うような説が流行りこれも悩みました。
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■ 生後2年まで
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・言葉が遅い:言葉が遅く親の言うことは理解しているのですが、ママの一言が出たのは3歳になってからでした。自分の言葉を作り大好きなレーシングカーはブンビンバイ、自転車はテーンと言う具合でした。この頃から私はこのこはもしかしたらアインシュタインちゃんなのではと思うことにしました。
・一人上手:一人遊びが好きで飽きずにブロックやレゴで何時間でも集中して遊んでいました。この頃妹が産まれましたが赤ちゃん帰りと言うような問題はありませんでした。
・着替えが遅い:着替え、特にボタン掛けは遅く親がいらいらすることもしばしばありました。
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・多動:毎日公園に連れて行きましたがあっという間に姿を消してしまい、いわゆる多動の時期になりました。又人見知りをしないため親と違う人と手をつないでも気がつかないことがありました。はぐれたら制服の人に相談しなさいと言って聞かせ、1回交番にお世話になったらお菓子をくれたので病み付きになりすぐに交番を利用するようになってしまいました。
・こだわり:形にこだわり、お豆腐の角が欠けたといっては泣くので離乳食から大変でした。 |
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| ■ 息子の場合 幼稚園 |
・集団行動が嫌い:みんなでお遊戯、熊さんになろう、なんて言う遊びは大嫌いでした。そんなにいやなら外に行きなさいと先生に言われずっと喜んで外にいたことも有ります。反対に外で何かしましょうと言うと一人で部屋に残って本を読んでいました。
・目立ちたがりや:舞台に乗ったり一人で目立つことは得意で、ピアノがうまくなくても舞台に立ってご満悦でした。先生がかかりきりになるので他のお母さんから目立つ子は良いわねと言ういやみを言われたことも有ります。
・集中力:お絵かきや粘土遊びなど自分が好きなことはとことん何時間でもやっていますが、納得しないことはすぐに止めてしまい我慢が足りない、集中力が無いのは親の育て方のせいだと言われたこともあります。
・創造力:粘土やお絵かき、折り紙は先生方もびっくりするほど独創的で面白い作品を作りました。幼稚園を卒業する時の文集に末は発明家になりたいとあります。
・左利き:Dyslexiaは左利きの男の子に多いと聞きます。息子も例外ではなく両手に鉛筆を持ち左右で違う絵を同時に書いていました。
・読み書き:赤ちゃんの時から童話を日本語と英語両方で読み聞かせを毎晩していました。読むのは大好きで自分でも面白い物語を作ってくれました。書くのは小学校に入ってからで良いと思っていましたので特別に教えませんでした。
・言葉:この頃には文章で話すようになり、会話が面白くなりました。時たま直チャン語が入り私にしか分からないことも有りましたが、内容は大変哲学的であり、洞察力がありました。
・友達関係:息子を面白いと言ってくださるお母様方も多く、幼稚園の方針がのびのびと和を尊び育てると言うものだったので比較的難しくは有りませんでした。ただ、先生の指示に従えないのを歯がゆく思う ‘正義感の有る活発な’お子さんからはいじめられました。
・こだわり:真っ赤なポルシェのミニカーが大切で握り締めていないと不安になるようでした。又何が気に食わないのか絶対に入りたくないお店などもありました。入園式でいただいたひよこのお菓子がかわいそうと言って食べられず、冷蔵庫にしまっていたのをやっと十年たって捨てました。
・指示にしたがえない:指示が理解できないからか、先生の言うことが聞けない |
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| ■ 息子の場合 小学校低学年 |
・違っていて良い:小学校6年間半それで通しました。(自分の意思です)ランドセルは重いのでアメリカのバックパックを用意したところそれが気に入り、周りと違っていて分かりやすくて良いと言っていました。
・読み書き:読むのは赤ちゃんの時から読み聞かせをしていたこともあり問題はなかったのですが、書くとかがみ文字が並び、いくら書き取り練習をしても直りません。桝目にきちんといれるのも大変だったようです。
・計算:親はわからなかったのですが本人は計算が大変だったと後から言っていました。
・健忘症その1:一人で行動するようになって忘れ物の多さには驚きました。ただ私も今でも大変忘れやすいので流石私の子だとしか思いませんでした。自転車でどこかに出かけてそのまま歩いて帰ってくる、お使いを頼んでも何も買わずに帰ってくる。
・健忘症その2:友達の名前を覚えない。勿論宿題、テスト、学校のお知らせことごとく忘れてくる。
・友人関係:3年までは大らかな先生に恵まれのびのびと遊んでいました。
ルールが守れない:帽子をかぶれ、名札をつけろといった自分が納得できないルールは守る気がありませんでした。その代わり自分で守ると決めたルールは愚直なまでに守りました。
・整理整頓、順序だてる:不得意なことの1つで部屋はごちゃごちゃ、いくつか指令を出すと最後の指令しか覚えていないなどの不都合がありました。
・不器用:左利きのせいかと思っていましたが、ネクタイを結べない、蝶結びが出来ないなど絵を書かせるとあんなにうまいのにどうしてこんなに不器用なのだろうと不思議でした。 |
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| ■ 息子の場合 小学校高学年:ここで一番問題が起きました |
・先生の無理解その1:大人びた口を聞く息子に乱暴な4年生の担任の先生が体罰を与えました。正座に始まり、首をしめたり、脅したり。又一番傷ついたのは息子が何か先生のルールに従わないとクラスの全体責任にしたことで、級友からはじかれるようになりました。つまり少しでもよそ見をするとまず級長に‘はだか踊りをさせるぞ’、それでも聞かないと全員でテストとかいやなことをするのです。又集中力が無く試験中によそ見をするとどんなに答えはあっていても0点にすることで息子はすっかりやる気を無くしてしまいました。又教室で息子を指してあいつのことを嫌いになって良いんだよと平気で口に出す先生でも有りました。
・不登校:こんな目に会ったら不登校になるのではないかという親の心配をよそにけなげに本人は皆勤を目指し毎日学校に通いました。
・チック:顔をひくひくさせるチックが始まりました。又元々あったアトピーが悪化しました。
・肥満克服:唯一良かったのはこの先生に対する反抗心で肥満を克服したことです。先生が息子を‘デブ’と呼ぶのに一念発起して食べる時1口30回ずつかむようにしたら一念ですっかりスリムになりました。これも自分で決めて実行したことです。
・先生の無理解その2:1年で担任が変わりましたがその先生も無理解でした。漢字が書けないこと、ルールが守れないこと、教室で発言したがり過ぎること、など全て息子のせいにされ悔しい思いをしました。又音楽や美術の先生が余り芸術的ではない教え方をして、又息子の自信作に先生が手を加えるのに反抗してクラスの運営に協力的でなくなると、どうしたら良いか分からず、息子の性格のせいにされました。つまり何をやっても中途半端でこらえ性がないと。
・右左が分からない:言葉で間違えるだけなのだと思っていたら、本当に右と左の区別が付きにくいのです。 |
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| ■ 息子の場合 中学校 |
中学受験をしました。ただいわゆる受験ではなく、秀明学園と言う全寮制の中高一貫校で試験も小学校の勉強をきちんとしていれば良い、塾で鍛えてとった点数よりも人物を見るという学校を受けて入りました。
・集団生活:4人1部屋の寮で不自由だけど楽しい日々が始まりました。ルームメートに恵まれ、学校の1つ事に先ず秀でよと言う指導のもと自信を取り戻し、元気も取り戻しました。
・自己アピールの場:先生方の励ましも有り、英語のスピーチコンテストで入賞、成績が上がったものに与えられる躍進賞、英語劇に出演、学園祭の演劇に出演など数々の発表と活躍の場が与えられ、無事に中学三年を過ごしました。
・得意科目:英国人教師との英語の授業、国語読解、社会、理科(暗記を含まない部分)、数学(証明)、美術、音楽
・不得意科目:元来の英語授業、国語書き取り、その他暗記もの。数学は単純ミスが多く点数に結びつかないことが多い。
・性格:認められることで落ち着きが出てきました。又大人と話すことが面白くなり、友人関係も問題なくなりました。
・発明:数々の小さな発明をしてはノートに書きつけ、何もないときには私に不便はないか尋ねてきます。アインシュタインの時間の形も本や参考書を読まないまま思いつき書きとめたりしています。
・球技が不得意:キャッチボールなどが不得意です。小さい頃親父がキャッチボールをしてくれなかったからだと思っていましたが、そうではなくLDだからだったんです。中学では剣道を始めティームプレイではなく自分のペースで出来るスポーツと言うことで上達しました。蝶結びやネクタイが結べるようになったのもこのころです。 |
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| ■ 息子の場合 英国留学 |
本人がどうしても日本国内で勉強するよりは海外に行きたいと言います。ちょうどその時息子の曽祖父がイギリスで学んでいた学校が判明し、とんとん拍子で留学が決まりました。
・ホームステイ先との軋轢:始めにホームステイした家は古い農家を改造したイギリスで今流行りのしゃれた家で、そこに住む一家も相当頭の堅い古いタイプの田舎のイギリス人でした。異郷でそれほど上手ではない英語での会話に加え、トイレのふたの場所から、食事の仕方、時間の過ごし方、話し方まで全て向こう流にしろと言われ、ルールを覚えるのが苦手な息子は相当フラストレーションを覚えました。最後には日本にホームステイ先から電話がありこの位のことはどんな文明的な家でも教えていることで、どうしてそれを息子は出来ないのかと言われ,こちらが怒ってしまいホームステイ先を変えました。
・Dyslexia:もしかしたら息子さんはDyslexiaかも知れませんと連絡が入ったのはイギリスに行ってから半年してからです。物忘れがひどい、右左が良く分からない、ルールが身に着かない、英語のbとdをいつまでも間違える、フラストレーションに弱い、コミュニケーション力に比べ読み書きが弱いなどがその根拠でした。さっそく調べてもらうと、かるいdyslexiaであることが判明しました。またdyspraxiaも有ると言われました。
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