難読症とは何ですか?
・難読症は、言語活動における不自由さを示すものです。
難読者は、知能に問題点を持っていません。問題点は言語活動にあります。これらの人たちは、読書する時、文字を綴る時、ことばを聞いて理解する時、明確に自己表現しようと話したり書いたりする時などに、不自由さを感じています。その学校での成績に、通常では予期出来ないような学業不振がみられます。
・難読者には、幅広い才能を持つ人たちがいます。
例を挙げれば、芸術、演劇、数学、スポーツ、などの分野です。みんな、物事を思い出すことや、自分の考えをまとめることに不自由さを持っています。
・難読者は二人と同じではありません。
個々の得手不得手はそれぞれ違います。例を挙げれば、ある人は、読書と綴りに不自由さを持っています。またある人は、話しことばが不明瞭だったり、字がうまく書けなかったりします。他の人は、左右や前後の区別がよくわかりません。またある難読者は、さらに加えて、注意の集中困難などの問題点を合わせ持つ者もあります。
・難読症は、生まれながらのものです。
しばしば、家族にも難読症の人がいます。父母、兄弟、姉妹、祖父母といった人たちの中にも、読み書きの不自由さを示す人がいるものです。
難読者は二人と同じではありません。
・難読症と判断する決め手
ウィルくんは十歳です。
「考えてるときは、うまく行くんだ。でも、それを話そうとするとうまく行かなくなっちゃうんだ。」と言います。
問題点をはっきりさせることが、治療への第一歩です。鏡文字や文字の並べ間違いといったことを繰り返すことに、学校の先生は気づくことでしょう。利発なお子さんが、時折考えがまとまらないようになるのでお母さんは不安になることでしょう。何でも上手にやってのける青年が、なぜ作文だけはうまくできないのか不思議に思うことでしょう。もし、ご自身やお子さんや友人や愛する家族の一人に難読症が疑われるなら、以下のような特徴がないかご検討ください。
メリーさんの場合、教室で教科書を読む順番が当たると、どうしようかと悩みます。彼女は、文字を見て覚えたり、思い出したりすることが、むずかしいのです。たぶん、文字とその読み方を思い出せなかったり、小文字のbとdのような似ている文字を混同してしまうといった問題点をもっているようです。
ジョンくんの場合、話そうとするとき、ちょうどよいことばが見つからないという問題点を持っています。答えが分かったと思って手を挙げます。でも、答えようとした時のことばが見つからなくなってしまいます。「あれ、えーと、そこに書かれたことは……」とか「昨日は、いや明日はです。いやときどきは、とにかく……」
ジェリーくんの場合、うまく話せません。
「バスゲッティ(スパゲッティ)とミートボール」とか「マウン(ダウン)・ロウアー」(もっと低く下がって)などと言い間違います。語音の順序を誤ってしまうのです。
ジェリーくんには、自分の考えを話そうとすると、話しことばに言い換えることが出来ないことがあります。
ジュリアさんの場合は、話すときよりも文字を綴る時に、問題点を持っています。bの代わりにp、feltの代わりにleft、nuclearの代わりにunclearと綴ってしまうのです。
モーガンくんの場合は、数学が好きになれないし、うまくいきません。公式を覚えられない、問題文を読んだり理解したり出来ない、数字が書けない、といったことがあるためです。概念は理解できても、途中の手順が誤ってしまうのです。担任の先生に言わせれば「不注意」な誤りだそうです。
エリザベスさんの場合は、部屋や宿題など、まさに生活すべてにわたって、採り散らかって、ごちゃごちゃと、混乱している感じを持っています。整理してきちんとすることは、むずかしいなと彼女は思っています。
・ことばのはっきりしない人もいれば、字を書くことの苦手な人もいます。
次にご紹介するアダムくんは、ごく普通の難読症の子どもです。
アダムくんは、言語活動をする時、読書する時、文字を綴る時、時には算数の学習の時、不自由さを感じます。時として、自分の考えを話そうとする時、ご両親や友達の言っていることを理解しようとする時、不自由さを感じます。学校へ上がる前は、のびのびしていました。スポーツが得意で、友達も沢山いました。
それなのに、一年生に上がってから、いっさい変わりました。それまではずっと、生き生きした子でした。でもすぐに学校嫌いになり、しょっちゅう腹痛を訴えるようになりました。クラスの仲間のようにすぐに文字が読めるようにならなかったのです。何か先生に尋ねられた時、たとえ正解が分かっていても、ことばをうまく言えませんでした。先生はじれったくなり、アダムくんにはやる気がないと考えるようになりました。アダムくんは挫折感と不安を感じるようになり、友達を引き留めておくために、教室では道化者になろうと考えました。友達があざ笑うにまかせるよりも、笑わせるほうが、よっぽどやさしいことだからです。アダムくんは何でも上手にやってのけてきたのに、なぜことばの勉強だけはうまくできないのか不思議に思いました。
アダムくんの担任の先生は、彼を問題児であると考えました。しかし、アダムくんが問題点なのではなく、彼は問題を抱えている一人の子どもなのです。
問題点は、正しい認識が不足していることです。アダムくんのような子は、怠けている子、不注意な子、さらに愚鈍な子とさえみなされます。こういった誤解によって、自信を失ったりするのです。
難読症のために障害の可能性があるといっても、そこで悲観的になる必要はありません。適切な援助があれば、アダムくんのように問題行動は小さくて済みます。アダムくんは、もし援助がなければ、完全に参ってしまったことでしょう。そうなれば、学校もやめてしまったでしょう。そうして、法に背くようなことになったかもしれません。アダムくんのような幸運な例は、私たちのクリニックでたくさん見られます。しかし、刑務所に入るような、不幸な例もあることは事実です。
アダムくんは、問題の児童なのではなく、問題を抱えている児童なのです。
アダムくんは、適切な教育と援助のおかげで、難読症の問題を抱えながらも、楽しい生活を送り、技能と才能とを伸ばすことを学ぶという、すばらしい機会を得ました。自分の生活をコントロールする力を取り戻すことが出来たのです。
アダムくんは、正しい選択をしました。
あなたにも、正しい選択が求められています。
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