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フリートーキング
司会:本来ならここで質疑応答となるわけですが、今回は行政のほうも欠席なので、皆さんの日ごろの思いですとか、ただいまの藤堂さんのお話などに対しての感想や、質問などフリートーキングといった形で進めてまいりたいと思います。
その前に、今回初参加のお二方より、自己紹介をお願いしたいと思いますが、よろしくお願いいたします。

稲川あや:稲川と申します。初めてこの会に参加させて頂いたのですが、いきなりマイクが回ってきて何をお話してよいのやら、困っております。
私の息子は三人兄弟の末っ子で、今年30歳になります。主人の転勤でアメリカに参りました時に、彼がディスレクシアだとわかりました。以降4年間にわたり、アメリカで教育を受けた後に、小学校6年の時でしたが、日本に戻り高校3年まで、日本の教育を受けました。それはそれは彼にとっては厳しい、地獄のような日々でした。日本の高校を卒業できるという内定が出たのは高3の中ごろでしたが、その時点でアメリカのディスレクシア専門の学校に行き、普通の大学を卒業し、向こうで就職し、結婚もいたしました。親としては現在はようやくその息子に対する日々の気持ちが安らかになったところでございます。

鳥巣千明:鳥巣千明と申します。今回初めて高月さまのご紹介でこの研究会を知り、伺ったのですが、初めてにしてディスカッションと言うのは無謀かなと考えながら、座っておりました。(笑)私は現在、臨床心理学・おもにカウンセリングについて学んでいるところです。専門とは関係ないのですが、心理にまつわることでもありますので、関心を持ち参加させていただきました。

司会:では、どなたか口火を切っていただけませんか?

森上展安:ディスレクシアに対するイギリスのシステムと、アメリカのそれとでは似たところ、あるいは違っているところはありますか?

稲川:何とも申し上げられませんけれど・・・私たちが住んでいた地域はそれと知らず、たまたま住んだニューヨークのほんとに小さな町でしたが、偶然にもディスレクシアに対して理解の深い、良い教育をしてくれる地域で、他の地区からも転校してくるような非常にラッキーな所でした。その町で通った学校で、どうもディスレクシアのようだから、全ての検査をしても良いかと言われたのです。アメリカでは州や市や町で多少の差がありますが、おおむねディスレクシア対策は進んでいます。

森上:ディスレクシアということに教師が先に気づいて、先ほどのSENCOですか?そういう人々にバトンタッチして診断という運びになるのでしょうか。
稲川:そうですね。公立の学校に入るとESLといって母国語が違う子どもたちに対するシステムがありますが、そのESLの先生と担任の二人から両親が呼び出されます。そしてまずその市や町の教育委員会で検査をします。その検査の結果、どこどこのオフィスのどこどこのドクターに行きなさいと指示され、新たに診察されます。息子は読みが困難だったので眼科や心理の検査もしました。そうして、総合結果が出るのです。

下村今日子:アメリカのディスレクシアの専門の学校のシステムを教えてください。

稲川:高校からは、日本でももう有名だと思いますが、私立のランドマーク・スクールに行きました。小学校でLDとわかった時は、ディスレクシアだけを扱っている学校がたくさんありましたが、なんとなく暗い感じがしましたので、私たちは公立の小学校を選びました。そこの特殊教育を受けたのです。彼だけの特別プログラムを作ってくれるIEPというシステムがありますが、それを作ってもらいそれに沿った特別な教育を受けました。息子が学校に喜んで行き、喜んで学ぶようになったのはその時が初めてでした。そのIEPを3年間受けて、日本に帰ったわけですが、再びアメリカの専門学校(ランドマーク・スクール)でうまく行ったのも、そのIEPが土台にあったからだと思っています。その土台の上に専門学校の教育がうまく乗っていったのだろうと思われます。もし、IEPを受けていなかったら、そこでの成功はなかったと言えるでしょう。その専門の高校を出まして、ディスレクシアをサポートできる大学は無数にありましたが、総合大学と単科大学の2種類で計3校を受験し、3校とも合格した結果、息子は総合大学に進みました。

下村:大学の入学試験について教えてください。

稲川:ディスレクシア専門の高校で受けた授業の全ての成績を提示するだけです。
ご存知のようにアメリカでは日本のような入学のための試験はしませんし、入ってもだめならどんどん落とされると言うシステムですから、息子がすべて自分で手続きをしていましたので私はあまり記憶にないのですが、大学側から入るための何かを課せられたということは何もなかったと思います。向こうは大学にとにかく入って、ダメならダメということのようです。

藤堂栄子:就職に関わる経緯など教えてください。

稲川:「仕事」に関してはとても気になる問題でした。ディスレクシアというハンディを背負って大学を卒業するのも心配の日々でした。しかし、サポートシステムは先ほどのイギリスのお話と同じで、ボランティアがついてくれたり、口頭試問や、ブラインド専用の機械で本を読ませてくれたりといったサポートシステムがあり、その充実ぶりはディスレクシではない日本の学生から、自分たちも使いたいといって羨ましがられたなどと言う笑い話もある程です。
その頃、最初に専攻したのは体育学でした。しかし、彼にとってはとても難しかったようで、途中からスピーチ・コミュニケーションという専攻に換えました。話すのは全くなんの問題もないので、どのように話したら人を説得できるか、どのような話し方が良いのかをずっと学んできたようです。しかし、いざ就職となるとどういう仕事が良いのかわからないまま、ホテルの仕事はどうだろうかと勧めて、日本のホテルをずいぶん見学させましたが、結局は本人の希望でテニスを仕事にしたいと決めたのです。テニスが大好きだったので、大学を卒業した後、再びテニスの専門の大学に入って、後半の2年間の部分を学び、テニスのノウハウからプロショップの経営に至るまでを、テキサスのタラテニスカレッジで学び、いくつもある資格のうちで、良い方の資格を2つ取りまして、目下テニスを仕事にしています。身体を使う仕事なので、すこしの怪我でも仕事に影響するという点で非常に心配したのですが、とても生き生きと楽しんでやっていますし、テニススクールに来る子どもの中にもディスレクシア児がいて、とても気持ちがわかるから教え甲斐もあると言っています。仕事はそういうわけで本人の希望で決まりました。

下村:日本の学校は偏差値だけで評価するので、ディスレクシアの子どもたちは非常に自尊心が傷つけられていると思うのです。ランドマークスクールに入るまでの日本での日々で傷ついた部分に対する精神的なケアや、自信を与えていく再生への道のようなフォローがなければ、いくらディスレクシア専門の学校とはいえ、スタートラインにつけないのではないかと思うのですが、その辺りのサポートはどうだったのでしょうか。

稲川:確かに日本ではめちゃくちゃ傷つきました。先ほども犯罪者の中のLDの多さの話がでていましたが・・・小学校6年のときに日本に戻りました時、アメリカから持ち帰った彼の記録の中には、教育の仕方によっては、暴力をふるうこともあるという一文があったのです。この部分を日本の学校が読もうものなら、入れてくれる所はどこもありませんよ。
それで、やむなく日本の学校ではディスレクシアであることを伏せて、公立に入れました。
中学や高校では、一人一人の先生方に事情を説明し、本をお渡しして、是非読んでくださいとお願いして歩きました。寮制の学校でしたので、先輩たちの励ましがあって何とかやっていけたようでした。今後のことが心配で心配で、ランドマークに行く頃は私自身、心労で入院してしまったのです。「とにかくいいから、来るだけ来て見なさい。ダメだったら返すから。」と実にアメリカっぽいお話で、結局私は病院から彼を見送った形になりました。
ランドマークからは、ボストン空港に迎えに来てくれていて、その迎えの先生の顔を見たとたん、「あぁ、僕は大丈夫だって思った。」と言っていました。その前の年にランドマークのサマースクールに行かせていたのですが、その時だったかもしれませんが、彼がこういったのです。「先生が自分と同じ目線でいてくれる。威圧されたことなど一度もない。わからないところが何なのかわかったから、どうやって勉強していいのかがわかった。どこがわからないかということをわかることが、勉強なんだね」と。これは実に基本的なことなのですよね。私がアメリカで教育を受けさせようと決心した大きな決め手でした。

下村:皆さん、専門の先生なのですか?

稲川:そうです。アメリカでは特殊教育の先生は普通学級の先生よりランクが上のようですね。その分沢山勉強していらっしゃるわけですし。日本ではどちらかと言うと逆のようですが。

下村:臨床心理もマスターされているわけですか?

稲川:もちろんです。日常の行動でも、やや多動気味の子でしたので、そういう面もすべてひっくるめて、サポートしてくれました。

下村:税金についてお尋ねします。日本では特殊教育のような場合福祉予算がつきますが、ディスレクシアのように特別なケアが必要で、通常の教育よりお金がかかるような教育に対しては、貧富の差があっても平等に税金の補助がつくのでしょうか?

稲川:そういった意味での補助は一切ありませんでした。小学校はパブリックでしたし、
ランドマークは普通の私立でしたが、いくらかかったのかもう忘れてしまいました。主人はいつも教育費の捻出のために働いているとぼやいておりましたが。
藤堂:息子は今、週に2回のプライベートなサポートを受けていて、月に8レッスンで4万円ですから、まあまあかなと思います。イギリスは公立では専門の教師を揃えているという点で補っていますし、パブリックは全額親の負担です。前にいた学校では、地区の公民館などで大人のディスレクシアも含め40人くらい集め、コンピューターを使ってアルファベットを無料で教えるというサポートをしていました。ここでNPOが登場し、安価でサポートして下から支えるという形ですね。税金補助は先ほど説明しましたように学校の方に一人につき年間4000円の補助がつくということです。

下村:それは大学までですか?

藤堂:大学にはボランティアがいます。このボランティア精神に関しましては、日英間では決定的な違いがありますが、この差は大きいですね。

長田:日本は教育内容が教科書中心主義で、その教科書の内容の理解度によってレベルが判断されるわけです。さらには、まず集団が前提としてあるため、先生たちはその集団に対し、良いクラスにしたいということを優先するので、個人側に立った教育というシステムが機能しないわけです。ある集団の中のメンバーの一人としてでしかなく、個々人の事情は二の次なのです。親にとってはこの個人の事情が一番大切な部分なのですよね。しかしこれが日本の教育風土なのです。

藤堂:日本の教育の基本は、読み、書き、計算なわけです。それが出来ないと、イコール社会生活が出来ないという図式になります。イギリスでは大学進学の目安となるAレベルと言う試験がありますが、それを見ますと、読み書きが出来なくても資格が取れる仕組みになっているのです。教育というものは、社会がどういう人間を作りたいかというビジョンから始まるものだと思うのですが、その辺が根本的に違うのですね。
日本でLDに関わっている人を見ると、いかに漢字・計算を教えるかに重点をおいています。出来ないことを前提に、他にできる能力をどうやって伸ばしていくかという風には考えていないのです。こういう観点で進めて行けばもっと活性化するでしょうし、社会の広がりもかなうと考えます。しかし、一番このことを聞いていただきたい方々が本日は残念ながらいらっしゃっていませんね。
先日、参加した市民政調というのは、市民で政策を考え上に提案していくというための会なのですが、丁度大学の障害者のための学習支援についてのテーマでしたので、行って参りました。ところがそこで驚くことが多々ありました。昨年の5月に作られた本年度の入試要項に、「身体に障害のある者は」という一文があったのです。LDは認知障害で、身体障害ではありません。行政側から文部科学省の大学部門の国立担当、私立担当とそれぞれの分野での担当官が4、5人いらっしゃっていましたが、その方たちにその点を質問いたしましたら、口々に「知らない」を連発し、対応できずじまいでした。障害者に対する支援内容としては、視覚障害や聴覚障害者向けにかなり多くの方法が用意されていましたが、どういう大学が対応しているのか、入学後のケア・サポートはどうなっているのかという質問に対してはやはり、データがないというお寒い状況でした。
入試に関しては、今年は全体で45人でしたか、目の不自由な生徒たちがその支援を利用して受験したそうです。それにしても全国で45人というのは少なすぎます。公募している大学が少ないのか、それとも小学校から高校に進む間に、別の方向に追いやられて、そこまで進んでくる人がわずかなのでしょうか。いずれにしても就職となると、一定方向に決め付けられるのが現状でしょう。LDの認識もまだまだ未熟です。
長田さんが、かつてフリースクールを作られたことがあるのですが、その時のご苦労話・経験談などをお聞かせ下さい。

長田:私がフリースクールの学園長を務めていたのは4年間でした。辞めてから3年になります。10人から15人の生徒の中で、知的に問題のない純粋なLDというのは1/4、つまり10人いればLDはふたりというところでしょうか。しかし、長くやっていればいるほどそういうお子さんは出て行くのです。いくら個人的にメニューを用意しても、この時期の子どもにとっては友人関係を築くことが非常に重要なことなので、理解力のある子どもにはそういう状況下にあることが物足りなくなり、友人が出来ずに出て行ってしまうのです。
ウィスクRという知能テストで、50前後から40くらいまでの子が残るわけです。
IQ50前後から60位の子どもが一緒に国語や算数をするとしたら、小学校1,2年のレベルを何度も繰り返しやります。彼らは桁が繰り上がることが理解できません。例えば、千百を1100とは書きません。1000100と書きます。そこをクリアできないのに中/高と進んでいくのは本人にとってどれだけ苦しいことか。また仮定した質問には答えられません。女の子に「もし、男の子だったら」と言う質問をすると「だって女の子だもん」としか答えられません。10歳以上の子なら対応できる質問です。また、鉛筆や筆箱は名前が言えますがそれらをひっくるめて文房具と言うことがわかりません。お皿やお茶碗は言えても、食器とは言えないのです。グルーピングが出来ないのですね。いろいろなコインで1000円を作れません。しかし、知的障害と言う点ではこれでも軽度な方なのです。こういう子どもと、読み書き計算の部分さえクリアできればどんどん先に進める子どもが一緒では、双方の成長にストップをかけてしまうのです。両方が伸びなくなるのです。4年間の苦労の実感ですが、軽度の知的障害の子どもの親は、それなりに辛いものを背負っているので、我が子がLDだと思い込みたいのです。星槎国際高校や宮澤学園の現場の先生方のご苦労もこれと同じ所にあるのではないでしょうか。通信教育でも定時制でも、高校卒業のライセンスが欲しいという思いは根強いです。
ここが藤堂さんがお考えになっている部分だと思うのですが、引きにくいラインを敢えて引いて、知的には伸びるのに、読み書きの困難によって道が閉ざされている子どもにもコースを作ろうということでしょう。これがクリアになれば、多方面にも好影響が波及すると個人的には期待しているのです。
親の会で一番大切なのは、我が子の症状を客観的に把握するということです。長いお付き合いの臨床心理の先生がおっしゃるには、「親はできないことを望んで、できることに目が向かない。ここは完全にできる、これは努力すればできる、ここは捨てた方が良い、という3通りを見抜く力を親や教師に望みたい。」アドバイスをもらうために専門の先生をお呼びするのに、なかなかアドバイスが生かされないと、悩んでいらっしゃいました。
ドクター・カウンセラー・ティーチャーが一体となって、学問としての世界に閉じこもらず、本人の支援になる形で、教育・福祉・就労などがひとつのルーティンとなり、個人プログラムが作られることを希望し、せめてその入り口には辿り着きたいという一心です。

藤堂:心理の話が出ましたところで、本日は初参加で、臨床心理をお勉強中という鳥巣さんにお伺いしたいと思います。イギリスやアメリカではもはやディスレクシアを学んでいなければ、エデュケーショナル・サイコロジストとしては認められないと言われています。われわれは今、ディスレクシアの支援という形で、行動しているのですが、日本の場合、心理のお勉強の中で、そういった内容が含められる分野はありますか?

鳥巣:ありませんが、含まれていないからといって勉強しないということではなく、興味のあることはどんどん学んでいきたいと思います。

下村:カウンセラーというお仕事に就くには、国家試験のようなものがあるのですか?

鳥巣:そういうものはありません。学会認定なのです。しかも学会がたくさんあり、規制がないので認定内容はそれぞれに違います。各学会の統一基準が作れないのが現状のようです。

森上:イギリスのSENCOは国の機関ですか?

藤堂:そうです。国ですね。日本の文部科学省は勉強をしていますが、ビジョンが明確に打ち出せると良いと思います。道のりが遠いですね。初等教育の中の特殊教育と限定されていますから、それ以前のこともその後のこともわからないのです。一人の人間が生まれて成長していく過程をひとつのスタンスとして捉えるべきでしょぅ。日本ではそういう考え方がありません。小中学校と高校が繋がりがないですし、ましてや先ほども申し上げましたように、大学にもありません。就職となりましたら、今度は労働省です。全然バラバラです。SENCOどころか、行政の中のコーディネィターが必要なのではと思ってしまいます。特殊教育ひとつをとっても、文部科学・厚生労働省のほかに犯罪の話がかめば法務省や警察省までもが絡んで、初めてLD教育が完成するのです。それが欠けた状態で見切り発車のまま、予算が出たからLDが何人いるか調査するというのでは、この先に進むのは容易ではありません。

森上:私自身、この会で初めてディスレクシアに対する認識をもったわけですが、皆さんのお話を伺っていますと、ほとんどの方が海外でディスレクシアとわかった感じですね。
実際のところ、圧倒的にそういう場合が多いのでしょうか。

藤堂:今の段階では、確かなことはわかりませんが、少なくとも現在高校生以上の人はそう言えると思います。小学校の時にわかった下村さんはいかがですか。

下村:完全なディスレクシアとわかるには、100%海外しかないと思います。日本で、ひょっとしてうちの子はそうなんじゃないかしらと、話を持っていっても「こんな賢いお子さんなのに、そんなわけがありません」と言われるのです。確かに親も賢いとは思いますが、そんなに賢いのに字が読めないというのは、怠けているとしか言い様がないという認識が、日本の教育なのです。それ以外の概念は教師の中にはないですね。

森上:筑波大付属ですらそれですから。

下村:もっとも小学校の入試には読み書きがありませんでしたから。

長田:LDに関しては保母さんや幼稚園の先生なら言葉としては、一応ご存知です。でも高校の先生はご存知ないです。なぜならそこへ行くまでに、LDは排除されているからです。多分目の前にLDは現れないのでしょう。

堀口:保健婦さんの方がLDに関してはよく勉強されていますね。幼稚園の先生でも人によりますし、小学校の先生でも通常学級の先生はあまり知りませんね。言葉の教室の先生ですら、LDのことは制度上やらなくていいことになっていますので、ですから生徒はお情けで置いていただいていると言う状態です。また知り合いが地方の小さな町の教育委員長をしているのですが、尋ねてみたら、LDの情報は皆無ということでした。

藤堂:港区でもそうですから、いわんや、ですよ!

堀口:私の住まいは東京の隣接県ですが、就労は県の管轄なので、市では行わないと言われたのです。では普段の生活面のことはどこに相談したらよいのか尋ねますと、それは教育委員会だと言うのです。では一体、成人したら何歳まで教育委員会に相談できるのですかと聞きましたら、絶句されました。LD者に対する対応も知識も行政側の対応はその程度なのです。現在行政側で何もケアしていないのが正直なところです。

藤堂:エアポケットみたいに、この分野だけが何もなされずにスポっと抜けてきたという感じですね。

森上:
イギリスでは私立が積極的ですが、授業料はとっているのですか?

藤堂:すごく高いですよ。息子には今、年間で滞在費を含め500万円かかっています。しかし、一クラス4人とか6人なのです。向こうでは学校の評価の基準となるのは、教師と生徒の割合とか、図書館の蔵書数の多さです。それだけの困難を抱えている息子ですから、日本にそのままいたら自尊心は相当傷つけられたでしょうし、大学に行っていたかどうか。私なら多分大学にやらず、手に職をつけさせていたと思います。それが今では大学に行って建築を目指したいという状況にまで、精神面でも回復しています。やはり、ここまで立ち直れたのは少数クラスでケアが行き届いたお陰だと思っています。同じクラスにはイギリスの子もいるのですが、自分の方が英語ができるので、その子にカンニングさせてあげたと言っていました。

長田:完璧に回復しましたね!

下村:藤堂さんの息子さんの場合はユニット校ですね。うちの場合は通常学級内の支援という形式の学校ですが、やはり年間220万円から240万円の授業料と他に週4コマのディスレクシアとESLの専門のライセンスを持つ先生の授業を受け、月に6万円払っていますが、専門校になればなるほど高くなるのでしょうね。

藤堂:学校にもよると思いますけどね。息子とインターネット上で知り合ったお子さんは、その名もsmall schoolという小さな小さな、ギター作りしかしていない学校に通っていたのですが、それでもちゃんと高校として認められているんですね。全校で13人の生徒数でむしろ先生の方が多いのではというくらいです。しかし授業料をほとんど取らなかったので、経営難のため閉校になったのですが、校長と有志による努力で来年、再開校するそうです。日本とは学校のあり方に対する概念そのものが違いますね。

下村:向こうの方が学校を作るのが簡単なのです。認可もすぐ下りるそうです。

藤堂:アメリカではチャータースクールがずいぶん進んでいます。

森上:港区では廃校になった学校の教室を貸し出そうという試みがあるようです。教育関係のNPOなら資格を得る可能性はあります。江東区でも小学校のフリースクールをやっていますね。

下村:フリースクールというのは、学歴にはならないのですよね。中学に通いながら塾感覚でいくということでしょうか。

長田:本来のフリースクールというのは、アメリカでは授業料が無料という意味でのフリーなのです。すばらしい、あのフィラデルフィアのカーティス音楽院はまさにそれです。信じられますか?先生たちは無給で教えているのです。しかし、学生は世界中から80人しか取りませんが。

森上:教師は全てボランティアなのですね。

長田:教育そのものに対する考え方として、教育は未来を作り、国を作り、社会を作る。単なるビジネスではないというのか、キリスト教精神に基づくものなのか、私はフリースクールを経営する身として、授業料が高くてとても恥ずかしかったですよ。
資格や学歴の部分だけを重視していると、個々人に徹した教育は不可能ですね。

森上:しかし、大学入試にそういうハンディを与えると、私立の高校としては実績を上げるのが難しくて、やり難くなるでしょうね。

長田:先日息子が電話で、「日本というのは中学・高校と出なければ大学に行かれないし、中退すれば、認定試験が必要になる。アメリカの人々に、大学は何歳になっても入れるから大学なんじゃないのって不思議がられた。」というのです。向こうでは、その辺りは自由にしているようです。Junior Highから大学へ行くこともできます。Junior Highから認定書、つまり先生から推薦状をもらえばいいんですね。
だから、スキップすることもできるし、逆に30歳過ぎてから行っている人もいる。その
年齢差はすごいですよね。彼らは、大学はそういうところだと思っているから何歳で行ってもいいわけなのです。日本でその辺りがまず変わってくれれば、高校、中学、小学校とどっと変わるのではないかと、その時思ったのですが。

稲川:アメリカではお母さんが、「うちの子はちょっと遅れているから6歳だけど小学校入れるのは来年にするわ。」と何の抵抗もなく言います。自分の子供の成長に合わせて、学校に入れる。また受け取る側も、ちゃんと受け取る。根本的なところがまったく、枠にはまっていません。それと、LDの息子を持って特に感じるのですが、日本の一番大きな問題は、医者と教師、カウンセラーが横並びできちっとサポートしてくれないという点です。彼らの中で上下関係があって、「医者の言うことが聞けないのか」というような雰囲気があります。私は子どもと一番たくさん接してくれている現場の先生が一番正しいのではないかと思っていました。ところが現場の先生と医者との意見が食い違い、そこのところがどうしてもうまくいかないのです。文部科学省に厚生労働省、あるいは法務省と言う風に縦割りばかりで、横とのつながりができていないという点が、いろいろな弊害を生んでいるように思われます。だからこそ、それらが融和的に、もっとこの子のために、あの子のために・・・と思ってくれたら、いろいろなことがすごく変わってくるのではないかと思うのです。

司会:残念なことにお時間が参りました。本日はフリートーキングの形で、日頃の思いのたけをお話していただきましたが、惜しむらくは、是非とも聞いていただきたかった方々にご出席いただけなかったことです。しかし、今後も、こういう形での話し合いを含めながら、随時行政に理解を求め、議員の方々にもご協力を仰ぎまして、一日も早くディスレクシアにとって、居心地の良い社会になっていきます様、頑張ってまいりたいと思います。
今後とも皆様方のご協力をお願いいたしまして、本日は閉会と致します。有難うございました。


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